開催終了
野球伝来150年記念 日本野球聖地・名所「150選」スタンプラリー
「野球伝来150年記念 日本野球聖地・名所「150選」スタンプラリー」は、全国を対象とした、furariアプリ対応のデジタルスタンプラリーです。開催期間は2022年07月23日~2022年12月31日です。
このラリーに参加する
スマートフォンとfurariアプリで参加します。
開催期間
2022年07月23日~
2022年12月31日
2022年12月31日
エリア
全国
チェックポイント数
146件
特典
7件
開催形式
furariアプリ版対応
ジャンル
サイクル・スポーツ
主催者
一般社団法人日本野球機構 様
上信越エリア(長野県・群馬県・新潟県)の絶景スポットや歴史・グルメを巡るデジタルスタンプラリーです。
対象のSA・PA、道の駅、観光スポットなどを巡ってスタンプを集めましょう。
集めたスタンプ数に応じて、上信越の品やオリジナルグッズなど豪華特典に応募できます。
対象のSA・PA、道の駅、観光スポットなどを巡ってスタンプを集めましょう。
集めたスタンプ数に応じて、上信越の品やオリジナルグッズなど豪華特典に応募できます。
全146件を表示しています。
01
札幌ドーム
北海道日本ハムファイターズの本拠地。2002年にサッカーの日韓W杯に合わせて2001年に完成。日本で唯一人工芝の野球場と天然芝のサッカー場の入れ替え可能な施設。2004年から日本ハムの本拠地球場となった。
02
千代台公園野球場(オーシャンスタジアム)
南北海道を代表する球場。昭和初期に地元の函館太洋倶楽部で活躍した久慈次郎の銅像がある。球場内には1994年以降に本塁打を記録した選手名を記した「栄光の球跡」がある。
03
札幌市円山球場
円山公園内に1935年に開場。北海道の野球史の中心として数々のドラマの舞台となった。札幌市の条例で照明がなくプロ野球も全てデーゲームで開催。現在も高校野球等で使用され道民から「北の甲子園」として愛されている。
04
旧札幌農学校演武場跡(時計台)
北海道野球の発祥の地。1876年に米国人教師のぺンハローが札幌農学校(現北海道大学)の生徒に野球を教えた場所。バットとボールを作らせた時の文書が同大学に残っている。
05
札幌市営中島球場跡
中島公園内にあった球場。1918年に開場。戦前、札幌市で初の国際試合が開催された。1949年に新球場となり、1980年まで都市対抗予選など、主に社会人野球が使用していた。
06
花咲スポーツ公園施設硬式野球場(スタルヒン球場)
1932年に旭川市営球場として開場。1982年に改修し旭川ゆかりの大投手の名にちなみ「スタルヒン球場」の名称に。同投手の銅像がある。北海道初のプロ野球の屋外ナイターが行われた。
07
青森市営野球場(ダイシンベースボールスタジアム)
開場した1950年6月28日に巨人の藤本英雄が西日本戦でスライダーを武器に日本プロ野球初の完全試合を達成。球場前には記念碑が建てられている。
08
大三沢リッドルスタジアム跡(現:三沢市公会堂)
1949年に当時米軍基地の厚生施設として建てられ、維持管理司令官のリッドル中佐の名前から「大三沢リッドルスタジアム」と命名。東北地方で初めて外国人の名前が付けられた球場。1950年9月にプロ野球を開催。
09
岩手県営野球場
1970年に完成した岩手県を代表する球場。2012年には東日本大震災被災地支援で球宴が開催された。大谷翔平(エンゼルス)、佐々木朗希(千葉ロッテ)が高校時代にこの球場で160kmをマークした。2023年3月閉鎖予定。
10
楽天生命パーク宮城(宮城球場)
東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地。1950年開場、5月5日にパ公式戦が行われた。1973年照明が設置されロッテが準本拠地、74~77年本拠地として利用。2005年から東北楽天の主催球場となっている。2016年から内外野天然芝となり、左中間席後方には観覧車が設置された。
11
八木山球場跡(現:八木山動物公園フジサキの杜)
1927年に小間物商の八木久兵衛が私財で建て、その後宮城県に寄付。米大リーグのルー・ゲーリッグ、ベーブ・ルースらもプレーし、本塁打を放ったルース像が現在の八木山動物公園内に残っている。
12
旧制二高グラウンド跡(現:仙台市青葉区片平公園)
1911年11月、旧制二高グラウンドでの「第1回東北六県中等学校野球大会」で試合前にホームベースを挟んでの挨拶が初めて行われたとされる場所。
13
かみおか嶽雄館
秋田県の少年野球発祥の地。また「500歳野球大会」でも有名。かみおか嶽雄館は野球博物館としての要素を持ち、国内外のプロ・アマ野球関係資料を多数展示。
14
八橋運動公園硬式野球場(さきがけ八橋球場)
1941年に完成。秋田県の野球の中心的な存在として高校野球、社会人野球などの試合が現在も行われている。2002年までプロ野球公式戦も開催。
15
山形県野球場(荘内銀行・日新製薬スタジアムやまがた)
山形県東村山郡中山公園内に1980年に開場、1989年5月には右ひじの手術を乗り越えたロッテの村田兆治が通算200勝を達成。2005年から2008年まで東北楽天の二軍の本拠地となった。
16
鶴岡市小真木原野球場(鶴岡ドリームスタジアム)
1999年開場。当時としては国内では珍しく内外野とも天然芝の球場。国際大会では内野が天然芝の球場が多いことからアマの日本代表チームが強化合宿を度々行った。
17
福島県営あづま球場
2021年、東日本大震災からの復興の象徴として第32回オリンピック競技大会(2020/東京)の野球・ソフトボール競技が開催された。日本はドミニカ共和国に逆転サヨナラ勝ちし金メダル獲得に向け好スタートを切った。
18
茨城県立水戸第一高等学校
1878年に水戸城の本丸に創設され、1891年野球部が創部された伝統校。「学生野球の父」と言われ「一球入魂」の言葉でも知られる飛田穂洲と、石井連藏の2人が殿堂入りした。
【注】一般の方が入れるエリアのみ入場可。その他の学校敷地内には立ち入らないようにお願いします。
19
水戸市民球場(ノーブルホームスタジアム水戸)
1980年に開場。以来高校野球、社会人野球など茨城県内のアマ野球の中心的存在の球場。1990年から2008年まで19年連続で全日本学童軟式野球大会の主会場となった。
20
宇都宮常設野球場跡
1932年に宇都宮野球協会会長の小野春吉が借金をして球場を建てた。フェンスとスタンドは宇都宮特産の大谷石だった。1934年の日米野球で沢村栄治とベーブ・ルースが対戦した。跡地の小学校正門脇に顕彰碑がある。
21
桐生新川球場跡(現:新川公園)
戦後のプロ野球の夜明けはこの地から始まった。終戦から3カ月後の1945年11月24日にプロ野球東西対抗第2戦を開催。名門桐生高校や、社会人野球の全桐生など地元の強豪チームが多く試合を行った。
22
分福球場跡
館林市の茂林寺駅西側にあった球場。1936年9月に巨人の藤本定義監督が米国遠征から帰国したチームを引き締めるため炎天下で猛練習を行い、NPB初年度優勝に導くきっかけとなった場所。
23
群馬県立敷島公園野球場(上毛新聞敷島球場)
90余年の球史を刻む群馬県で現存する球場では最古の野球場。1983年の「あかぎ国体」では軟式野球(公開競技)が行われた。プロ野球は1954年から昨年までに県内最多の39試合を開催している。
24
ベルーナドーム(西武ドーム)
埼玉西武ライオンズの本拠地。1979年に誕生。ドジャー・スタジアムを参考に造られ外野席は芝生だった。1999年に屋根が付き、2021年に改修作業が完了。遊戯施設が設置され、日本の球場としては最大級の店舗数を誇るなど球場内外で楽しめるボールパーク。
25
加須市民運動公園野球場(加須きずなスタジアム)
加須市民運動公園内にある球場。2015年から全国高等学校女子硬式野球選抜大会を開催するなど、女子硬式野球が盛んに行われている。利用条件に「男子硬式野球不可」がある。
26
埼玉県営大宮公園野球場
埼玉県のアマ野球の聖地。1934年に開場、同年11月の球場開きとなった日米野球でベーブ・ルース、スタルヒンらがプレー。長嶋茂雄が佐倉一高時代に高校唯一の本塁打を放ちその名を広めた球場としても有名。
27
ZOZOマリンスタジアム(千葉マリンスタジアム)
千葉ロッテマリーンズの本拠地。1990年開場、1992年からロッテのフランチャイズ球場に。東京湾沿いに位置し強風が吹き込むことも。右翼席の熱いファンの応援パフォーマンスと広い外周エリアの屋台はこの球場の特徴の一つ。
28
谷津遊園 野球場跡
1934年日米野球に向けて編成された全日本チームが練習に励んだ球場。同年12月にこのチームを母体として大日本東京野球倶楽部(のちの巨人軍)を結成したことから「読売巨人軍発祥の地」とされ、記念碑がある。
29
東京ドーム
1988年に完成した日本初のドーム球場。巨人、日本ハムが本拠地として使用(2004年日本ハムは移転)。2000年の日本シリーズでON対決やWBC、アジアシリーズなど数多くの国際大会も開催され、日本を代表する球場。
30
明治神宮野球場
学生野球のメッカで、東京ヤクルトスワローズの本拠地。1926年に完成。東京六大学、東都大学の各リーグ戦や高校野球、明治神宮大会、全日本大学野球選手権などが開催されている。プロ野球は1945年に東西対抗戦で初使用。1964年から国鉄が本拠地として使用することになった。
31
明治神宮外苑 第二球場
創建当時、現在の球場の場所は相撲場があり、大相撲の本場所興行でも使用。1961年4月に学生野球専用球場として開場し、1963年に増改築された。内野席の防球ネットが低く、傾斜もなだらかで、グラウンドが近くプレーする選手との一体感を得られ、高校球児にとって思い出深い球場となっている。また、世界でも珍しい「野球場兼ゴルフ練習場」で、ゴルフボール用の防球ネットは約50mの高さがあった。プロ野球は1960年代にイースタン・リーグを行っている。2019年11月に野球場としての歴史に幕を閉じ、2023年に解体される。
32
日本野球発祥の地
「日本野球発祥の地」。1872年に米国人教師ホーレス・ウィルソンが第一大学区第一番中学(現東京大)の生徒に野球を教え、翌年この地に運動場が整備され本格的な試合が行われ野球が全国に広まった。世界地図が描かれたボールを握った手の記念碑は有名。
33
東京スタジアム跡
大映社長で大毎球団オーナーの永田雅一が1962年に私財で建設。ナイター照明は高度経済成長期の下町を照らし「光の球場」とも呼ばれた。球団名がロッテとなった1970年パ・リーグを制覇し、オーナーもグラウンドで胴上げされた。
34
尾久グラウンド跡
1922年に完成。主に東京帝国大(東大)の練習場として使われ、1925、26年には東京六大学野球の公式戦も開催された。1925年10月23日には米国女子野球チームと日本大学野球部の試合が行われた。
35
上井草球場跡
1936年に旧西武鉄道(現西武鉄道の前身)が建設。東京都初の日本職業野球連盟(現NPB)球団の専用球場として、主に東京セネタースの試合を行った。戦後の1946年に東京六大学はこの球場でリーグ戦を再開した。
36
芝浦球場跡
1921年、埋め立て地に日本初のプロ野球球団「日本運動協会(通称・芝浦協会)」の専用球場として建てられた。跡地の近くには記念碑がある。
37
洲崎球場跡
1936年に完成。同年12月に巨人と大阪タイガース(阪神)が3試合制の年度優勝決定戦を行い、初の日本一決定戦の舞台となった。「伝統の一戦誕生の地」の記念碑がある。
38
武蔵野グリーンパーク野球場跡
1950年に戦時中零戦を製作していた中島飛行機の工場跡地に建設。収容人員7万人の超大型球場だった。東京六大学の試合が開催され、プロでは国鉄スワローズが1951年の1年間専用球場として使用した。
39
早稲田大学旧安部球場跡
1902年に完成した早稲田大野球部専用グラウンド。1933年に夜間照明ができ日本初のナイターを開催。1936年にはプロ野球関東地区における初の試合を実施。1987年11月の全早慶戦を最後に幕を閉じた。
40
慶應義塾綱町グラウンド(旧三田綱町球場)
1903年に初の早慶戦が開催された場所。3000人の観衆で埋め尽くされ慶應大が11-9で勝利した。1913年には米大リーグのシカゴ・ホワイトソックス対ニューヨーク・ジャイアンツの試合が行われた。
なお、現在は主に慶應義塾の中学校(中等部)の授業や課外活動などに使用されているため、現地への立ち入りはできない。慶應義塾大学三田キャンパス図書館旧館内の慶應義塾史展示館にてスタンプの取得および関連資料の展示を見ることができる。
41
羽田運動場跡
1909年、京浜電気鉄道が羽田沖合の干拓地に野球場、テニスコート、のちに陸上競技場を完成させた。野球場は天狗倶楽部や早稲田大などが使用。ホームベースがあった場所は現在の羽田空港の滑走路になっている。
42
新橋停車場跡
米国留学を終えた平岡熈が野球の用具、規則書を入手し帰国。1878年に新橋停車場内に日本初の野球場を作り、日本初の本格的野球チーム「新橋アスレチック倶楽部」を結成し、ここで練習した。
43
日本工業倶楽部会館
1920年に完成。1936年2月5日、東京巨人、大阪タイガース、名古屋、東京セネタース、阪急、大東京、名古屋金鯱の7球団により日本職業野球連盟(現NPB)の創設総会が開催された場所。
44
東京會舘別館跡
1922年に完成。1949年11月26日に連盟代表者会議が開催され各球団のオーナー、代表者全員が出席し、朝9時から夜までの話し合いの末、セ・パ両リーグ分立が決定した場所。
45
朝日ビル跡
2009年までセ・パ両リーグの事務局等があったビル。セ・パ両リーグ事務局、コミッショナー事務局(1983年移転)、会議室が入居し、実行委員会をはじめ、あらゆる会議が行われた場所。
46
後楽園スタジアム跡
プロ野球草創期の1937年開場。プロ野球のメッカとして51年間野球界に貢献。1959年に巨人ー阪神の天覧試合、世界記録の756本塁打を王貞治が記録するなど幾多のドラマを生んだ。1970年にスコアボードの電光掲示化、1976年に人工芝導入等施設の面でも日本の野球場としてリードし続けていた。
47
野球殿堂博物館
プロアマの国内外の野球関連の資料約4万点を収蔵、うち約2000点を常時展示している。世界一となったWBCや2021年開催の東京五輪関連資料も収蔵。野球関連蔵書も5万冊以上の図書室もある。野球殿堂入りした方々の表彰も行われ、歴代顕彰者の肖像レリーフが野球殿堂ホールに展示されている。
48
学生野球会館跡
1954年完成。日本学生野球協会、全日本大学野球連盟、東京六大学野球連盟、東京都高等学校野球連盟、東都大学野球連盟が入っていた。1958年11月に隣接する「学生野球記念館」が建設され、過去のユニフォームなど貴重な資料が展示された。
49
鎮魂の碑
「鎮魂の碑」は戦没したプロ野球選手の名前を刻んだ碑で、1981年4月に旧野球体育博物館の階下に建立。東京ドーム建設時に現在の場所に移された。
50
毎日新聞跡
全国を統括する組織がなかった実業団団体が、国際化などにも対応するため1949年2月、毎日新聞東京本社で「日本社会人野球協会(日本野球連盟の前身)」の第1回設立総会を開催した場所。
51
日本生命日比谷ビル(7階会議室)
第1回新人選手選択会議(ドラフト会議)が開催された。契約金の高騰を抑えることや戦力均衡をはかることを目的として導入された。1965年11月17日に第1回会議が行われ、1974年までの10年間は日本生命日比谷ビルで行われた。
52
旅館天龍跡
プロ野球・アマチュア野球の統一の規則書である『公認野球規則』を作成するために、1956年1月、第1回野球規則委員会・編纂委員会が行われた場所。プロ・アマの規則委員が集まり、日本野球界全体で使われる規則が完成した。その後もプロアマ合同の日本野球規則委員会が開催された。
53
横浜スタジアム
1874年居留外国人のクリケットグラウンドの着工がルーツ。1948年に日本プロ野球初のナイトゲームを開催。1978年に大洋が横浜に移転を機に「横浜スタジアム」が完成。現在は横浜DeNAベイスターズの本拠地で、2021年に第32回オリンピック競技大会(2020/東京)の野球、ソフトボール会場となった。
54
川崎球場跡(現:川崎富士見球技場)
1952年に川崎市の有力企業の出資によって完成。高橋ユニオンズの他大洋、ロッテが本拠地として使用。1962年に王貞治が一本足打法での第1号を放ち、1980年には張本勲がプロ野球史上初の3000安打。1988年10月19日のロッテ対近鉄のダブルヘッダーは「10・19」として今も語り継がれている。
55
神奈川県立保土ケ谷公園硬式野球場 (サーティーフォー保土ケ谷球場)
1949年開場。神奈川県の高校野球や社会人野球の大会で使用され、夏の全国高校野球選手権神奈川大会の主要球場として球児たちの思い出の地となっている。プロ野球は1リーグ時代に2試合、2リーグ後4試合を開催した。
56
多摩川沿いの河川敷 3球場
かつて多摩川の東京都側に巨人、神奈川県側には大洋→ロッテと東映・日本ハムの使用するグラウンドがあり、イースタン・リーグ公式戦が開催された。1980年代は、野球選手を目当てに集まる多くの”多摩川ギャル”で賑わった。
57
長岡市悠久山野球場
悠久山公園内に1967年に開場。新潟県の高校野球の大会などで使用。プロ野球は1970年から1996年の間に24試合開催。1993年6月12日の近鉄-オリックスで鈴木一朗(オリックス・後のイチロー)が近鉄の野茂英雄からプロ入り初本塁打を放った。
58
新潟県立鳥屋野潟公園野球場 (HARD OFF ECOスタジアム新潟)
2009年7月に完成。2010年に新潟県初となるオールスターゲーム第2戦が行われた。夏の全国高校野球選手権新潟大会のメイン球場として、開会式と準々決勝以降の試合が行われている。
59
鳥屋野運動公園野球場
1964年新潟国体開催に合わせて1963年開場。2009年まで高校野球や社会人野球などのメイン球場として利用され、新潟県の野球人には思い入れが強い。プロ野球は1966年に初開催。
60
魚津桃山運動公園桃山野球場
2004年に第4回女子野球世界大会を開催。1987年に第1回全日本大学女子野球選手権(軟式)が開催されるなど「大学女子野球発祥の地」ともいわれ、毎年同大会が開催されている。
61
富山市民球場(アルペンスタジアム)
1992年開場、北陸地方初の人工芝を敷き詰めた野球場。球場名の通称「アルペンスタジアム」の通り、晴れた日には外野後方に立山連峰が望める。夏の全国高校野球選手権富山大会の決勝戦などアマ野球のメイン球場。プロ野球は1996年に球宴第3戦等を開催している。
62
富山県営富山野球場
1950年7月に完成し、現存する富山県内最古の野球場。1991年まで夏の全国高校野球選手権富山大会の決勝戦を行うなど県内のメイン球場だった。プロ野球は1991年までに31年連続試合開催の地方球場最長記録。1950年8月14日の大映-南海で外野手の捕球判定を巡るトラブルからパ初の放棄試合となった。
63
南砺市福光地区のバット工場群
福光地区には五つのバット工場があり、木製バットの生産本数は日本一を誇る。市内には「南砺バットミュージアム」があり、プロ野球選手が実際に使用したバットが展示されている。
64
石川県営兼六園野球場跡(現:北陸電力会館本多の森ホール)
戦後間もない1947年に兼六園の隣に開場。球場が狭く1949年の巨人-大映では現在もプロ野球最多タイ記録の1試合13本塁打が飛び交った。1956年には地元金沢高校出身の国鉄・宮地投手が史上3人目の完全試合を達成。
65
石川県立野球場
1974年開場以来石川県の球史を刻んだ球場。6基の照明塔は兼六園の灯籠を模してデザインされていて「X」の字になっている。プロ野球は1975年以降に県内最多の115試合を開催。
66
金沢市民野球場
金沢市の市制100周年事業として1990年開場。9月1日に竣工記念で開催された日韓親善高校野球大会で、石川県選抜チームの当時星稜高1年生の松井秀喜が、球場第1号の本塁打を放った。
67
福井県営球場
福井運動公園内に1967年開場。現在はアマ野球のメイン球場として使用されている。プロ野球は1968年以降県内最多の68試合を開催。1969年5月5日に中日の星野仙一投手がプロ入り初勝利。1971年5月20日には巨人の広野功が劇的な「代打逆転満塁サヨナラ本塁打」を放った。
68
福井市営球場跡
戦後1948年に福井駅近くに開場。当初付帯施設は木造で作られていたが、1963年に鉄筋コンクリートで改築。1967年まで福井県のメイン球場。プロ野球は1リーグ時代の1949年から1958年までに26試合を開催。
69
山梨県小瀬スポーツ公園野球場(山日YBS球場)
1986年に小瀬公園内に開場。2006年にナイター照明が設置された。夏の全国高校野球選手権山梨大会のメイン会場で決勝戦が行われている。プロ野球も2007年の交流戦で横浜-西武が初開催。
70
長野市営南長野運動公園総合運動場野球場 (長野オリンピックスタジアム)
1998年2月の長野冬季五輪の開閉会式会場として使用。その後、スタンド等を整備し2000年3月に野球場として開場。長野県のアマ野球のメイン球場で、プロ野球は2004年の球宴第2戦で日本ハムの新庄選手が本盗を決めた。
71
上田市上田城跡公園野球場
上田城の跡地に1928年開場。堀跡をそのまま活用し造られている。プロ野球は1リーグ時代の1948年から1958年までに14試合を開催。1951年8月1日の松竹-阪神で松竹の岩本義行選手がプロ野球史上初の1試合4本塁打を記録。
72
長良川球場(岐阜メモリアルセンター野球場)
夏の全国高校野球選手権岐阜大会で開会式と準々決勝以降の試合を開催。社会人野球でもベーブルース杯争奪大会のメイン球場として使用されている。戦前の全国中等学校野球優勝大会の優勝投手・松井栄造氏の銅像がある。プロ野球は1リーグ時代の1949年に初の公式戦を開催。中日の主催試合が頻繁に行われている。
73
草薙総合運動場硬式野球場(静岡草薙球場)
1934年の日米野球で当時17歳の沢村栄治がルー・ゲーリッグの本塁打の1失点のみの快投をみせた野球場。沢村とベーブ・ルースの像が対戦する格好である。プロ野球は大洋が20回以上春季キャンプを実施。夏の全国高校野球選手権静岡大会の決勝戦も毎年開催。
74
伊東スタジアム跡
1952年に開場。スタンド横に宿泊施設があり高校や大学野球チームの合宿が頻繁に行われた。プロ野球も東映が18年間春季キャンプを行い、1979年秋には巨人の若手が“地獄のキャンプ”を行ったことでも知られる。
75
バンテリンドーム ナゴヤ(ナゴヤドーム)
中日ドラゴンズの本拠地。1997年に開場。東海地区唯一のドーム球場。本塁打が少ないことから「ピッチャーズパーク」ともいわれている。
76
八事球場メモリアルパーク
「センバツ発祥の地」1922年に山本球場として開場。1924年に第1回の選抜中等学校野球大会が開催され記念モニュメントが設置されている。1936年7月には「伝統の一戦」といわれることになる巨人-大阪タイガース(阪神)の第1戦が行われた。
77
鳴海球場跡
1928年開場。当初は両翼106m、中堅136m、収容人員2万人の大規模球場。日米野球が1931年に1試合、1934年に2試合開催。1936年2月には巨人-金鯱の間でプロ野球初試合を行った。1969年に自動車学校に生まれ変わったが、観客席は当時のまま残る貴重な野球遺産。
78
ナゴヤ球場
1948年開場。中日の本拠地球場として1997年までに3068試合の公式戦を開催。1956年には巨人の川上哲治が史上初の2000安打、国鉄の金田正一は1957年に史上4人目の完全試合を達成。1994年に同率首位で最終戦を迎えた中日と巨人の直接対決は「10・8決戦」として語り継がれている。
79
大須球場跡
1947年開場。高島三治氏が全額出資して造った野球場。中堅後方のグラウンド内に木が立っていた。外野の膨らみが小さいことから乱打戦が多く、1950年の東急-西鉄ではプロ野球記録となる両チームで35得点が記録された。
80
倉田山公園野球場(ダイムスタジアム伊勢)
1963年に伊勢市営倉田山野球場として開場。プロ野球公式戦は1972年に近鉄-南海の1試合だけ。一塁側観客席入口に宇治山田市(現伊勢市)出身の沢村栄治(巨人)と西村幸生(大阪タイガース)の胸像が並んでいる。毎年伊勢神宮奉納社会人野球が行われている。
81
皇子山総合運動公園野球場(マイネットスタジアム皇子山球場)
琵琶湖湖畔に1960年に開場。滋賀県の高校野球や、関西学生野球、関西六大学野球などの公式戦が行われている。プロ野球の公式戦開催は開場から50年以上経った2011年4月の西武-楽天が初。正面入り口には「野球少年の像」がある。
82
京都市西京極総合運動公園野球場 (わかさスタジアム京都)
1932年開場。京都府初のプロ野球を1938年に行い、以降485試合の公式戦を開催。阪急は準本拠地として1965年から1980年頃まで使用し1967年の球団初優勝はこの地で果たした。高校野球、大学野球、社会人野球、日本女子プロ野球なども使用。球場内に「京都野球殿堂」がある。
83
立命館衣笠球場跡
1948年9月に立命館大学の敷地内に造られた野球場。1950年にセ・リーグ初代覇者の松竹が専用球場としていた。しかし、1951年に木造スタンドの一般使用が禁止され、大学側が1952年から外部への貸出を禁止したためプロ野球開催は66試合に留まった。その後は立命館の専用球場・運動場として1967年頃まで使用された。
84
京セラドーム大阪(大阪ドーム)
オリックス・バファローズの本拠地。日本3番目のドーム球場。1997年に開場し近鉄バファローズの本拠地に。7層からなる「スーパーリング」の天井が特徴。2005年からオリックスのフランチャイズ球場となった。
85
高校野球発祥の地記念公園(旧豊中グラウンド)
1915年に第1回中等学校優勝野球大会を開催。グラウンド外周はレンガで囲われ、その一部は今も住宅地の塀として残る。1988年に跡地に「高校野球メモリアルパーク」が作られ、2017年の再整備で「高校野球発祥の地記念公園」となった。
86
日本生命球場跡(現:もりのみやキューズモールBASE)
1950年開場。当初は社会人野球の日本生命野球部の専用球場だった。ナイター照明が完成した1958年から近鉄の本拠地に。近鉄の鈴木啓示投手は2回の無安打無得点試合を達成した。社会人野球、関西六大学や高校野球などアマ野球でも多く使われた。
87
藤井寺球場跡
1928年開場。1950年にパ・リーグに加盟した近鉄が初試合を開催。1984年に近鉄の鈴木啓示が300勝を達成。1989年には近鉄がリーグ優勝を飾るなど名勝負が繰り広げられた。閉鎖後、四天王寺小、四天王寺東中・高が開設され、正門東側に記念モニュメント「白球の夢」がある。
88
大阪スタヂアム跡(現:なんばパークス)
1950年完成。戦火の焼け跡に建てられ「昭和の大阪城」ともいわれた。関西では最も早い1951年にナイター照明も完備。主に南海の本拠地として1990年まで使用された。1979年の近鉄-広島の日本シリーズ最終戦で“江夏の21球”のドラマも生まれた。
89
中百舌鳥総合運動場野球場跡(中モズ球場)
1938年に南海電鉄が建設した野球場。戦後は南海の練習場、ウエスタン・リーグの球場として使用。終戦直後の食糧難の時代は鶴岡一人監督と選手らが合宿所付近の空き地に芋を植えて食料確保し、練習をしていた時期もあったという。
90
寝屋川球場跡
1922年8月に開場。中等学校大阪大会の球場として使用された他、1923年には大毎野球団と天勝野球団の試合も行われた。「寝屋川球場跡」の記念碑がある。
91
中沢佐伯記念野球会館
第二次世界大戦後の高校野球復活と高校野球連盟創設の功績により、中澤良夫、佐伯達夫両氏の名前から「中沢佐伯記念野球会館」と命名された。中庭には鳴尾球場跡の記念碑に建てられた投手と捕手の像などがあり、野球会館には日本高校野球連盟の事務局などが置かれている。
92
阪急百貨店大食堂(現:阪急うめだ本店)
1945年10月25日、阪神、南海、朝日、阪急の在阪4球団の幹部が、梅田の阪急百貨店八階食堂に集まり、プロ野球再興に向け協議を実施した場所。
93
阪神甲子園球場
高校野球の聖地。阪神タイガースの本拠地。1924年開場。国内の現役球場としては最古の歴史を誇る。高校野球、プロ野球で幾多の名場面、ドラマが生まれた。球場の南側に隣接する甲子園プラスには、甲子園歴史館やバーチャルバッティングセンターといった、野球観戦以外にも楽しめる施設がある。
94
神戸総合運動公園野球場 (ほっともっとフィールド神戸)
1988年に開場。内外野天然芝。オリックスが1991年に本拠地に。イチローらの若手が躍動した1995年に11年ぶりにリーグ制覇。その年の1月の阪神淡路大震災に沈む街に「がんばろう!KOBE」を合言葉に希望と感動を与える舞台になった。
95
阪急西宮スタジアム跡(現:阪急西宮ガーデンズ)
1937年完成。阪急が本拠地とし、1975年からはパ初の4連覇を成し遂げた舞台。1971年の球宴で阪神の江夏豊が9連続三振を奪った。1946年の戦後直後の全国中等学校優勝野球大会は全試合、1958年、1963年は記念大会として全国高等学校野球選手権大会が甲子園と併催で行われた。
96
鳴尾球場跡
全国中等学校優勝野球大会を第3回から第9回まで(米騒動により中止された第4回を除く)6回開催した野球場。1907年に完成した関西競馬場(後の鳴尾競馬場)の中に、二面のフィールドが設けられていた。跡地近くの浜公園運動公園の一角に「鳴尾球場跡地」の記念碑が建てられている。
97
明石公園第一野球場(明石トーカロ球場)
全国高校野球軟式選手権大会が毎年行われることから「軟式高校野球の聖地」といわれている。巨人が戦前の1940年から1959年の間に12回の春季キャンプを行った。
98
丹波市立スポーツピアいちじま野球場(つかさグループいちじま球場)
「女子高校野球の聖地」。2000年の開場以降、春に全国女子硬式野球選抜大会を13回開催。2004年からは夏に全国女子高校野球選手権大会を開催し、女子高校球児にとって特別な場所となっている。
99
姫路城内球場跡
国宝となっている城の中で唯一プロ野球を開催した球場。場所は今の三の丸広場で1947年に完成。試合は1948年11月に変則ダブルヘッダーで、播州路における初のプロ野球公式戦が行われた。
100
奈良県立橿原公苑野球場(佐藤薬品スタジアム)
奈良県の高校野球や社会人野球で使用される主要球場。夏の全国高校野球選手権奈良大会は全試合ここで行われる。プロ野球は1951年から1955年にかけてパ・リーグ公式戦を4試合開催した。
101
三宅町のグラブ・スパイク工場群
1921年に三宅町でグラブの製造が始まったとされる。1970年の最盛期には三宅町近隣を含めると全国の生産量の90%を占め、2021年にグラブ製造100周年の節目を迎えた。
102
奈良春日野球場跡(現:奈良公園)
今は奈良公園になっている場所にあった野球場。1949年に奈良県で初のプロ野球公式戦を開催した。東大寺に隣接し、中堅後方には大仏殿屋根の鴟尾(しび)が金色に輝いていた。中日が1950年代に春季キャンプを行っている。
103
紀三井寺公園野球場
県営向ノ芝球場閉鎖に伴い1965年に完成。和歌山県のアマ野球のメイン球場。プロ野球は1973年に南海-ロッテの公式戦が初開催。
104
旧制和歌山中学校運動場スタンド(現:桐蔭高)
旧制和歌山中(現桐蔭高)の運動場に1922年に造られたコンクリート製のスタンド。10~12段の階段状になっている。1922年12月に皇太子時代の昭和天皇が初めて野球を観戦された場所。2021年2月、文化庁の登録有形文化財(建造物)となった。
【注】校門より中(学校敷地内)には立ち入らないようにお願いします。
105
和歌山県営球場(向ノ芝球場)跡(現:和歌山県立体育館)
1952年4月に和歌山県初のプロ野球公式戦松竹-名古屋が行われる。1955年10月の巨人-広島で、巨人の藤本英雄がプロ野球史上6人目の200勝を達成した。1956年にはパの高橋ユニオンズが春季キャンプを行った。
106
米子市民球場(どらドラパーク米子市民球場)
鳥取県のアマ野球のメイン球場。夏の全国高校野球選手権鳥取大会は全試合がここで行われる。プロ野球は1992年以降に県内最多の26試合を開催している。
107
米子市湊山球場跡
1989年まで鳥取県のメイン球場。米子城の三の丸広場に造られ右翼席にせり出した石垣が特徴的だった。1954年に鳥取県初のプロ野球の試合が開催された。
108
旧松江市営野球場跡
1932年に完成した島根県初の野球場。戦前に非公式戦のプロ野球の試合を行っている。初の公式戦は二リーグ分立の1950年に毎日-西鉄が開催された。
109
倉敷スポーツ公園野球場(マスカットスタジアム)
中四国地方で屈指のグレードを誇る。岡山県のメイン球場として多くのアマ野球の試合が行われる。プロ野球は開場の1995年以降公式戦62試合を開催。1999年には球宴第3戦が行われた。
110
岡山県野球場(総合グラウンド)
1994年まで岡山県のメイン球場。こけら落としは1951年11月の全米対パ選抜だった。高橋ユニオンズが1957年2月に大映と合併した際にこの球場で春季キャンプ中で選手たちはここで解散した。
111
MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島(広島市民球場)
広島東洋カープの本拠地。2009年に新しく、「ネオ・クラシカル様式」をコンセプトに完成。日本では珍しい内外野天然芝、左右非対称でのボールパーク。
112
旧広島市民球場跡
1957年の開場時から2009年3月まで、広島カープの本拠地として3182試合を開催。平和記念公園に隣接した球場は焦土の地に誕生した復興のシンボルで「赤ヘル軍団の聖地」となった。
113
三次市営球場跡(現:十日市親水公園)
日本各地に河川敷の野球場はあるが、プロ野球の一軍公式戦が行われたのはここだけ。1950年6月の大洋-広島は22対2で広島が大勝。桜堤をそのまま活用したコンクリートスタンドは今も残っている。
114
福山三菱電機球場跡
三菱電機福山工場の中にあった野球場。1948年に広島県初のプロ野球公式戦、南海-急映が行われた。企業の敷地内にある球場でのプロ野球開催は三菱電機の他に富洲原(三重県)と高岡鐘紡(富山県)の3か所のみ。
115
広島県総合グランド野球場(Balcom BMW 広島総合グランド)
広島市民球場が完成するまで広島の本拠地球場。1950年3月14日に球団初勝利をここで記録した。カープの財政難を救うための「樽募金」はここが発祥である。今もアマチュア野球の試合が行われている。
116
呉二河球場(鶴岡一人記念球場)
西鉄、広島、南海が春季キャンプを行った野球場。一軍公式戦は広島をメインに75試合行われた。2019年に命名権を得た地元会社により「鶴岡一人記念球場」の名称を付けられた。
117
旧下関球場跡(現:下関市立市民病院)
2リーグ分立で誕生したセ開幕戦の2試合を開催した舞台。1950年3月10日に大洋-国鉄、阪神-中日の変則ダブルヘッダーを開催。この地で産声を上げた大洋の専用球場。
118
長府野球場跡
1929年4月山陽電気軌道が開設した野球場。1931年11月24日に全米対八幡製鉄所の試合を開催。この年の日米野球は17試合で甲子園以西で行われた唯一の試合。
119
阿南市(野球のまち阿南)
2007年に「野球のまち阿南推進協議会」発足、2008年からは「西日本還暦野球大会」を開催。2017年に道の駅「公方の郷なかがわ」に語呂合わせの「89番野球寺」のモニュメントを設置。野球によるまちづくりを推進している。
120
高松市立中央球場跡 野球王国高松を築いた名将 水原茂像・三原脩像
かつての香川県のメイン球場。西鉄の中西太や南海の穴吹義雄ら名選手が高校時代にプレー。プロ野球は1949年に県内初の公式戦を開催。阪神の別当薫が1試合3本塁打の新記録(当時)を樹立。三原脩と水原茂の銅像がある。
121
香川県営野球場(レクザムスタジア厶)
香川県のメイン球場。夏の全国高校野球選手権香川大会の決勝戦も行われる。プロ野球は県内最多の13試合を開催。1994年8月10日にオリックス・イチローが57試合連続出塁のプロ野球新記録を樹立(その後記録を「69」まで伸ばした)。
122
松山中央公園野球場(坊っちゃんスタジアム) 松山中央公園サブ野球場(マドンナスタジアム) 野球歴史資料館(の・ボールミュージアム)
メインの坊っちゃんスタジアム、サブのマドンナスタジアム、の・ボールミュージアムが併設されたスポーツ施設。2005年にヤクルトの古田敦也が2000安打を達成。球宴を地方球場としては唯一の複数回開催。2022年の第2戦で、3回目の開催となる。
123
松山市営球場跡(現:城山公園(堀之内地区)ふれあい広場)
かつての愛媛県のメイン球場。高台に松山城を望み、お堀の中にあった。1949年に県下初のプロ野球を開催。1959年以降に大洋、大毎など5球団が春季キャンプを行った。1950年8月に金田正一がプロ初登板を果たした。
124
松山市立子規記念博物館
1981年にオープン。東京で野球に夢中になった正岡子規は1889年、故郷の松山にバットとグラブを持ち帰り松山中学の生徒にベースボールを教えた。「道後温泉駅」前にユニフォーム姿の正岡子規像がある。
125
高知市野球場
高知県で唯一、プロ野球の一軍公式戦を開催した野球場。阪急、福岡ダイエー、オリックスなどが春季キャンプを行った。
126
福岡PayPayドーム(福岡ドーム)
福岡ソフトバンクホークスの本拠地。日本初の開閉式屋根を採用。1999年に前身のダイエーが初の日本一、2011年にソフトバンクとなって初の日本一に輝くなど常勝ホークスの日本シリーズ制覇となった舞台。王貞治ベースボールミュージアムが隣接している。
127
平和台野球場跡
西鉄黄金時代の本拠地球場。1950年3月10日にセ結成初戦となる開幕戦を下関球場と共に開催。西鉄が1956年から3年連続日本一となり、稲尾和久や、中西太らスター選手を生んだ舞台。
128
小倉到津球場跡(現:アクロスプラザいとうづ)
1924年に開場。戦前は都市対抗野球の九州地区予選や、製門戦(八幡製鉄対門司鉄道管理局)の試合が行われた。1934年11月26日に日米野球でベーブ・ルースの一打は125mの右翼席を超える特大本塁打だったと伝わる。
129
北九州市民球場
1958年に誕生し4月5日の西鉄の開幕戦がこけら落としとなった。1965年から西鉄の準本拠地に。1981年、巨人の新人原辰徳がプロ入り初のサヨナラ本塁打を放った。九州六大学野球のリーグ戦や、夏の全国高校野球選手権福岡大会などアマ野球の試合も多く行われている。
130
春日原球場跡
1924年に九州鉄道(現西鉄天神大牟田線)の開通に合わせ陸上競技場と共に開場。中等学校野球大会の県予選も行われた。プロ野球は西鉄が春季キャンプを実施。一軍公式戦を1948年~1953年に開催。1952年西鉄の開幕戦も開催。
131
香椎球場跡
1941年開場。1946年8月17日に福岡県初のプロ野球公式戦を開催。1948年の第3回国民体育大会の軟式野球会場に。球場横には西鉄ライオンズの二軍合宿所があり、練習場として使用された。
132
大町町民グラウンド
杵島炭鉱が1930年に開場した野球場。社会人の都市対抗野球に2回出場した杵島炭鉱野球部の練習場として使用された。プロ野球は1950年代に3試合を開催。
133
佐賀県立森林公園野球場(さがみどりの森球場)
県立森林公園内に1999年開場。佐賀県のメイン球場として夏の全国高校野球選手権佐賀大会の決勝戦を毎年開催。プロ野球は1999年4月にこけら落としとなった広島-横浜は県内で46年振りの一軍公式戦だった。
134
長崎県営野球場(ビッグNスタジアム)
長崎県のメイン球場。アマ野球で使用され夏の全国高校野球選手権長崎大会の決勝戦が毎年行われる。長崎市営大橋球場跡地に1997年開場。プロ野球公式戦は22試合開催し、2000年には球宴第3戦が行われた。
135
島原市営球場
1952年に開場。同年8月13日には西鉄-阪急の一軍公式戦が行われ、西鉄が4-3で勝利。三原脩監督時代の1954年から埼玉に移転前の1978年までライオンズのキャンプ地でもあった。
136
藤崎台県営野球場(リブワーク藤崎台球場)
1960年に熊本城址の一角、藤崎八幡宮の跡地に開場。名物としてバックスクリーンを挟むように、樹齢およそ1000年近いといわれる国指定天然記念物の大きなクスノキが枝を張っている。2018年にはプロ野球球宴第2戦等が行われた。
137
熊本市水前寺野球場
水前寺運動公園に1928年に開場。今も軟式野球やソフトボールが行われている。1946年8月16日に熊本県初の一軍戦が開催されこの試合は九州地区初のプロ野球公式戦だった。球場入口に川上哲治氏の野球顕彰記念室がある。
138
大洲運動公園硬式野球場(別大興産スタジアム)
1980年に開場した大分県のメイン球場。夏の全国高校野球選手権大分大会の決勝戦が行われる。2004年には第33回日米大学野球選手権が開催され、2022年には東都大学野球史上初の地方試合が開催された。プロ野球は県内最多の16試合を開催。
139
別府市民球場跡(現:別府市総合体育館「べっぷアリーナ」)
湯の街別府に1931年に完成した野球場。戦前からアマ野球の試合が多く行われ、戦後の復興期に市内でしのぎを削った星野組と植良組の定期戦の球場でもあった。プロ野球は1950年代に4試合行った。
140
大分県立春日浦野球場跡(現:フレスポ春日浦)
かつての大分県のメイン球場として、社会人野球や高校野球で使用された。プロ野球も県内初の公式戦を1リーグ時代の1948年7月29日に開催し、1959年までに8試合を行った。
141
宮崎県総合運動公園硬式野球場 (ひなたサンマリンスタジアム宮崎)
宮崎県のメイン球場。夏の全国高校野球選手権宮崎大会の決勝戦が行われる。プロ野球は巨人のキャンプ地として有名。WBCや北京五輪予選前の日本代表合宿でも使用。開場の2001年以降に一軍公式戦を7試合、2006年には球宴第2戦が行われた。
142
旧宮崎県営球場跡
宮崎駅の近くに1936年に開場し、高校野球や社会人野球の試合が多く行われた。プロ野球は近鉄が最初に春季キャンプで使用した後、巨人が1959年から1974年まで行い、”V9”戦士たちの鍛錬の場となった。
143
鴨池市民球場 中馬庚像
1940年に開場。かつて鹿児島県のアマ野球のメイン球場として使用されていた。1949年8月18日に県内初のプロ野球を開催。正面入口横に鹿児島県出身でベースボールを「野球」と和訳した中馬庚の胸像がある。
144
鹿児島県立鴨池野球場(平和リース球場)
鹿児島県のメイン球場。夏の全国高校野球選手権鹿児島大会の決勝戦も行わている。1970年12月に開場。1972年から2007年までロッテが春季キャンプを行った。
145
那覇市営奥武山野球場(沖縄セルラースタジアム那覇) 島田叡氏顕彰碑
沖縄県のメイン球場。1960年に沖縄初の球場が完成。2010年春に県営奥武山球場跡地に新たな球場が完成した。野球資料館もあり、公園内には東京帝大(現東大)でプレーし沖縄戦に散った第27代沖縄県知事・島田叡氏の顕彰碑がある。
146
名護市営球場(タピックスタジアム名護)
1977年に開場。2020年に建て替えにより新球場となった。日本ハムが1978年、プロ野球チームとして初めて投手陣が沖縄キャンプを行った場所で、現在の沖縄キャンプ地の先駆けとなった。
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